
廃止された東京高速線(KK線)を駆け抜けた青山拓朗
11月15日に開幕した聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」。競技最終日の大会11日目は東京高速道路(KK線)と首都高八重洲線の一部をコースとした男女のマラソンが実施された。日本勢男子では青山拓朗が2時間32分04秒で7位入賞。女子では安本真紀子が10位につけ、日本人女子では最上位となった。
後悔はないが期待に応えられず悔しい
山はレース中盤では4位に躍り出て、メダルへの期待も高まった。最終的には7位に。それでも最後まで力を振り絞った青山はこう言い切った。
「幸せな42.195キロでした。後悔はありません。やり切った思いです」
青山はエリート陸上選手の道を歩んできた。競技を始めたのは中学生になってからだ。いきなり才能が開花すると、関東大会にも出場し、スポーツ推薦で陸上と駅伝の名門・埼玉栄高へ。「都大路」と呼ばれる全国高校駅伝では区間賞を獲得した。大学は「箱根駅伝」を走るため、新鋭の城西大に進む。こちらもスポーツ推薦だった。と、ここまでは順風満帆だったが、大学4年間で1度も箱根の出走はかなわず、メンバー入りもできなかった。
大学卒業後は一般就職し、市民ランナーとして走っていたが、いまから4年前、東京デフリンピックの存在を知る。自国開催の大会でマラソンに出て活躍したい-。そこには大学時代の挫折をバネにしたい思いもあったかもしれない。
青山は聴覚障害のある選手とも一緒に練習するようになると、昨年2024年の世界デフ選手権の男子マラソンでは銀メダルを獲得。今年は東京マラソンのデフ男子部門で1位になっている。
押しも押されないデフマラソンのエースには辛い経験もある。前回の2022年ブラジル大会、青山は代表に選ばれていたが、コロナ禍の影響でレースに出られなかったのだ。やり切れない思いにさいなまれたに違いない。
今回はその時の気持ちをぶつけるかのように、陸上男子1万メートルにもエントリー。1種目に絞らずに、2種目で勝負を挑んだ。あえて調整が難しい道を選んだのである。しかし、17日に行われた1万メートルでは6位に。こちらもメダルには届かなかった。
「後悔はない」と明言した青山だったが、2種目とも入賞で終わった「結果」には別の想いがあった。そのことに話が及ぶと、涙ながらに言葉を絞り出した。
「悔しさと(期待に応えられずに)申し訳ない気持ち(の両方)があります」
その涙には大学時代の挫折を乗り越え、デフアスリートして今大会にかけていた熱いものが感じられた。
周回コースで何度も感じた応援の力

首都高に響く熱気。応援に背中を押されて、選手が一斉に走り出す
今回のマラソンで特筆すべきは、やはり首都高がコースになっていたことだ。都心に林立するオフィスビルや商業ビルを縫うように走っている首都高と、廃止された東京高速線(KK線)が舞台になったのだ。
詳しい説明を加えると、走るのは首都高八重洲線・汐留ジャンクションから新橋インターまでの約500m(首都高の地下化工事のために長期間の通行止めになっている)に、同インターに接続するKK線の約2キロを加えた2.5キロ。これを8往復するのだ。ただし、これではフルマラソンには2.195キロ足りない。そこでスタート後、1キロほどのところで折り返し、再びスタート地点から周回する方法が取られた。
知っての通り、首都高は「東京オリンピック1964」に向けて整備されたものだ。その首都高を60年以上の時を経て、東京で開催されたデフリンピックに出場した選手たちが走る。どこか「歴史の妙」を感じずにはいられない。
首都高やKK線は地上から高いところにあるので、ビル群の背はさほど高く感じず、電車や新幹線も少し下を行き交っている。実際に走った選手たちの前には不思議な風景が広がっていただろう。ただ、それを見る余裕はなかったようだ。青山は「首都高速を走るのは最初で最後だと思ったが、そこまでは…」と明かした。

走るたびに視界に広がるサインエールは、辛い時も安本真紀子の心を支えた
一方でコースに関しては折り返しが多かったものの、選手たちには好評だった。安本は次のように話した。
「いつもは普通の道路を走っているので、高さといい、走る前は多少の不安はありましたが、いざ走ってみると平坦だし、アップダウンもなかったです。折り返しが多かったことについては、応援してくれる人たちの前を何度も通れるので、そのたびに力をもらうことができました。レース後半は足の状態が思わしくなく、それで遅れてしまったんですが、応援のおかげで最後まで踏ん張ることができました」

たくさんの視線と応援は、山中孝一郎の背中を押し続けた
デフリンピック出場は今大会が5回目となるベテランの山中孝一郎(日本男子13位)もこれまでに経験したことがない「応援の力」を感じていたという。
「走ることに集中してましたし、声援は聞こえませんでしたが、応援してくれるみなさんはしっかりと視界に入ってました。(何度もデフリンピックに出ているが)見たことのない光景で、これが自国開催かと。あらためて東京大会の力を感じました」
東京マラソン2025ではマラソンエリート部門で出場した山中は13位に終わり(日本人では3位。同2位は9位と惜しくも入賞を逃した中野洸介)、「思うような結果が出せなかった」と口にしたが、「いままでやってきたことは出せた」とその表情はスッキリとしていた。
マラソンスタート時の現地の気温は12度。デフリンピック期間は穏やかな好天が続いていたが、この日は曇天で肌寒く、レース途中では雨にも見舞われた。それでも、あいにくの天候をものともしない熱気が会場には充満していた。
【日本代表結果】
<男子>
青山拓朗 2時間32分04秒 7位
中野洸介 2時間33分43秒 9位
山中孝一郎 2時間41分07秒 13位
<女子>
安本真紀子 3時間19分10秒 10位
嶋田裕子 3時間27分11秒 14位
北川朋恵 3時間42分46秒 16位