
男子200mで日本記録を更新し銀メダル。喜びの表情を見せる山田真樹
11月23日、聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」は大会9日目を迎え、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で行われた陸上競技では、男子200m決勝で山田真樹が自身の日本記録を更新し、銀メダル。400mでの金に続いて今大会2個目のメダル獲得となった。男子800m決勝は樋口光盛が後半の粘りで銀メダル。男子棒高跳び決勝では北谷宏人が銅メダルを獲得した。

さまざまな方への感謝を胸に、全力で駆け抜けた200m。山田真樹が見せた魂のスプリント
デッドヒートの末に銀メダルを勝ち取った山田
大会5日目の19日に男子400mで優勝し、今大会日本勢初の金メダルを獲得した山田が、この日自身が最もメインとしている男子200mの決勝に臨んだ。400mは「自分との闘いだった」と言い、一方200mは「感謝の気持ちを伝えるレースにしたいと考えていた」という山田。21日の予選では組1着、全体では4位となる22秒60、翌22日の準決勝ではさらにタイムを伸ばし、22秒05で決勝進出を決めた。しかし、全体では3位。2人の海外勢が21秒台の好タイムを出しており、決勝では山田自身が持つ日本記録21秒66を更新するベストな走りが必要とされることが予想された。
迎えた決勝は、残り50mで山田を含む5人がトップを争うし烈なレースとなった。最後はややリードしてゴールしたエストニアの選手を追う形で3人がほぼ同時にフィニッシュ。わずか0.02秒差で山田に軍配が上がり、銀メダルを獲得。電光掲示板に速報が映し出された瞬間、山田は喜びを体いっぱいに表現し、会場に駆け付けた大勢の観客に手話で感謝の気持ちを伝えた。
「観客の方がたくさんいる中で走れるというのは、競技者として本当に幸せなこと」と山田。その山田にとって「長年のライバルであり親友でもある」佐々木琢磨は7位入賞となった。佐々木の専門種目は100mだが、同じスプリンターとしてお互いに切磋琢磨し、日本のデフ陸上界をともにけん引してきた。200mはその佐々木と唯一同じレースを走ることのできる種目でもある。この日のレース前には笑顔で握手して健闘を誓い合ったという。

長年のライバルであり親友。互いの背中を追い続けたふたりが、国旗とともに誇らしい笑顔を見せた
すでに専門種目の100mでは銅メダルを獲得している佐々木は「100mで力を尽くして非常に疲れている状態だった」という。カーブがきびしい1レーンだったこともあり不安もあったものの、結果は21秒98の好タイムだった。「これまでは100mの後の200mは22秒台か23秒台。それが今回は初めて21秒台を出すことができたので、これからの自信につながるレースだった」と振り返った。そして、銀メダルを獲得した山田について聞かれると、「本当に心からおめでとうと言いたい。0.02秒差は真樹のこれまでの努力の成果だと思う」と称えた。

度重なる接触を乗り越えての力走。仲間への思いを胸に、最後まで駆け抜けた樋口光盛
親友への思いを胸に臨んだ樋口、2度の接触にも負けずに粘り勝ち
男子800m決勝で力強い走りを見せたのが、日本記録保持者で中距離のエース・樋口だ。1周目には海外勢からひじで妨害される接触があったが、「僕も大阪出身なので負けなかった」と物おじすることなく冷静に対処したという樋口は4、5番手の位置につけながら最初の400mを走った。そして2周目に入って先頭のケニア選手が一気にペースを上げ、さらに残り200mになると個人の中立選手として参加しているロシアの選手がスパート。それまで団子状態だったレースが大きく動いた。次々とメダル争いから脱落していったなか、「スパートにもついていくことができた」という樋口はしっかりとくらいついていった。
最終的には4人によるデッドヒートが繰り広げられたなか、カーブで再び接触にあった樋口はバランスを大きく崩し、3人に後れを取った。それでもすぐに体勢を立て直し、3人に追いつくと、トップ争いに加わった。最後はゴール手前でケニアの選手に抜かれたものの、2度もひじで接触してきた選手との2位争いには0.1秒差で勝利し、銀メダルを獲得。タイムも日本記録でもある自己ベスト1分53秒11に迫る1分53秒22の好記録だった。

ケガを抱えても挑み続けた北谷宏人。魂のジャンプが光った瞬間
その樋口が、レース後、真っ先に頭に浮かべたのは、この日、先に試合を終えていた男子棒高跳びの北谷だった。前回大会覇者で連覇が期待されていた北谷だったが、4m20を3回ともに失敗し、4m10の記録に終わった。4m63の日本記録を持つ北谷にとって、満足のいく結果でないことは誰の目から見ても明らかだった。
実は、1カ月前に右足首のじん帯を断裂し、完治に2カ月を要するケガを負っていたという北谷。今大会に出場することさえも危ぶまれたが、それでも痛み止めを服用しての強行出場を決めた。しかし、この日の跳躍は北谷からすれば、本来の実力とは程遠い跳躍だっただろう。優勝した選手の記録が4m45だったことからも、「万全の状態であれば、優勝できていたと思う」と北谷。初の自国開催、大勢の観客が詰めかけた環境の中での試合は「これまでで一番楽しかった」が、一方で「一番悔しい大会でもあった」。そんな北谷の悔しそうな姿をレース前に目にした樋口は、より気合いが入ったという。
「北谷とはもともと同じ大阪出身で、彼が就職で埼玉に行くまではずっと一緒に練習をしてきた仲間であり、プライベートでもよく遊びに行っていました。そんな彼がケガもあってコンディションが良くなかったなかで3位に終わって悔しい思いをしているのを見ていたので、レース後、真っ先に彼に会いたいと思いました」
そんなさまざまなドラマが展開されてきた今大会の陸上競技も、24日には最終日を迎える。最大の注目は、男女それぞれの4×100mリレーだ。特に男子は23日の予選では山田を温存したなかで全体3位で決勝進出を決めているだけに、メダルへの期待も高い。最終種目のリレーで有終の美を飾りたいところだ。
(文・斎藤寿子/写真・村上智彦)