11月25日、聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」は競技最終日を迎えた。太田区立総合体育館ではバスケットボール女子の決勝が行われ、世界ランキング1位のアメリカを、同8位の日本が65-64で撃破する大金星。会場につめかけた大勢の観客の前で、デフ女子日本代表が史上初の金メダルに輝いた。
チームの勢いを加速させた3ポイントとリバウンド
日米によるファイナルは、まさに死闘となった。第1Qの序盤、日本は「(アップの)シューティングの時から今日は調子がいいことがわかっていたので、ボールを託されたら思い切って打っていこうと決めていた」という小鷹実春が早くも3ポイントシュートを炸裂。さらにはダブルチームを成功させるなど“攻めのディフェンス"で流れを引き寄せた。中盤にはアメリカに3ポイントシュートなどで3連続得点を奪われて逆転を許すも、終盤にも小鷹の3ポイントが決まり、12-11と再びリード。小鷹はディフェンスでも魅せ、ペイントエリアでアメリカのシュートをブロック、さらにはスティールでボールを奪った小鷹はそのまま自ら速攻で走り、ドリブルシュートを決めるなどして観客を魅了した。
そして日本に勢いを与えていた要因の一つには、攻防にわたってのリバウンドがあった。「リバウンドは世界で戦う時には一番と言っていいくらいに大事にしてきた」と坂本知加良ヘッドコーチ(HC)。ガードやフォワードが一斉に飛び込んでルーズボールを狙う“反復リバウンド"により、日本はアメリカを勢いに乗せなかった。
一方のアメリカは、フィジカルで強引にインサイドにカットインし、ペイントエリアでのシュートチャンスを作れていたものの、フィニッシュが決まらず、思うようなバスケットができずに苦戦していたのは明らかだった。第1Q、19-17とスコアは僅差だったものの、内容からすれば日本の方に分があった。
続く第2Q、日本は羽田まりなの3ポイントで最初の得点を挙げると、またもダブルチームを成功させて相手のファウルを誘う好プレーにチームの勢いは加速。これに慌てたアメリカはベンチに下げていた主力の一人をすかさず再びコートに送り出した。それでもダブルドリブルやトラベリングなどのミスを連発し、思うように得点を伸ばせなかった。そんなアメリカをよそに、日本は終盤には若松、小鷹と立て続けに3ポイントを決めるなどして得点を重ね、37-29とリードを広げて試合を折り返した。
勝敗を決めた試合時間残り6.7秒でのフリースロー

緊張が極限に達する中、勝利を手繰り寄せる2本のフリースローに挑んだ羽田まりな
ところが、キャプテン若松が「自分たちにとって一番難しい」としたハーフタイム後の3Q、アメリカが一気にギアを上げ、わずか1分半の間に37-37と試合を振り出しに戻した。アメリカはさらにフィジカルで圧倒したものの、それでも日本は屈しなかった。「アメリカが追いついてきて少し慌ててしまったが、それでもコート上の5人は“自分たちがやることは変わらない"“大丈夫、大丈夫"とコミュニケーションを取っていたので、落ち着いてプレーを続けられた」と若松。すると終盤には丸山香織が値千金の3ポイント、さらに加藤志野はドライブで切り込んで相手のファウルを誘い、フリースローを2本ともに沈めると、再び丸山が得点。日本は怒涛の攻撃で50-45とリードし、最後の4Qへと突入した。
迎えた4Qは3ポイントの応酬となった。小鷹が3ポイントを決めれば、その直後にアメリカのゲームキャプテンも負けじと3ポイントを沈めた。しかし小鷹はアメリカの追い上げをはねのけるかのように、中盤にもこの日5本目となる3ポイント。試合時間残り5分の時点で、59-52と日本のリードは7点となった。

重圧の中で決めた一本。安堵した羽田を讃えあう日本代表メンバー。
しかし、最大のヤマ場は最後に残されていた。日本が追加点を奪えずにいる間にアメリカが猛追して2点差とした後、交互に得点を挙げ、試合はいよいよ終盤へ。勝敗を決したのは試合時間が残り10秒を切った際のプレーだった。アメリカのシュートが外れると、リバウンドに飛び込んだ羽田がルーズボールをつかみ取った。それを奪い取ろうとしたアメリカの選手のプレーがファウルと判定され、これでアメリカのチームファウルが5つを数えたことから、羽田にフリースローが与えられた。羽田はこの判定に小さくガッツポーズ。まさに積極的にリバウンドに飛び込み続けたからこその成果と言えた。
フリースローを2本ともに決めれば、2ポゼッション差となり、残り時間を考えても、日本の勝利がほぼ確定する。そんな重要な局面に、「とても緊張した」という羽田。左横からは振動でアメリカの応援団が足を地面に叩きつけていることがわかり、ほんのわずかだが声も聞こえていたという。それでも臆することなく「今までたくさん練習をしてきた自分を信じて絶対に決めよう」という思いでフリースローラインに立った羽田は、しっかりと2本ともに決めてみせた。これで65-61。勝負は決まったかに思われた。
しかし、アメリカも最後まで勝利への執念を燃やした。残り1.6秒、アメリカはこの土壇場の場面でディープスリーを決め、1点差としたのだ。そして最後は一縷の望みをかけてファウルゲームをしかけてきたが、時すでに遅し。アメリカがリバウンドを取ってパスを出した瞬間に試合終了の笛が鳴り、日本の金メダルが決まった。
「これをスタートとして、これからも強い女子のバスケットをつなげていきたい」とキャプテンの若松。デフ女子日本代表がもたらした日本バスケットボール史上初の金メダルは、輝く未来への扉を開くはずだ。
(文・斎藤寿子/写真・木林暉)