東京2025デフリンピック

トラック＆フィールド最終日の陸上は金メダルラッシュ！

11月24日、聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」は大会10日目を迎え、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で行われた陸上競技では、男子円盤投げ決勝でデフ世界記録保持者の湯上剛輝が、58m93のデフリンピック新記録で金メダル。男子400mリレー、男子1600mリレーもそろって日本代表チームが優勝し、駒沢陸上競技場での最終日は金メダルラッシュに沸いた。

男子円盤投げ・湯上は大会新記録で悲願の金メダル

厳しい寒さに見舞われた前日とは一転、競技場に暖かい日差しがふりそそぐなか、午前には男子円盤投げ決勝が行われた。湯上は最初の試技で54m46を出し、トップに立ったものの、その表情は納得していなかった。すると続く2回目には先に試技を行ったリトアニアの選手が55m53の記録をマークし、湯上を抜いてトップに立った。

しかし、「彼がさらに記録を伸ばしてくることはわかっていた」という湯上に焦りはまったくなかった。「もっと集中していかないといけない」と気を引き締めなおしたという湯上。55m72と記録を伸ばし、すぐにトップの座を奪還してみせた。だが、やはり満足のいくパフォーマンスではなかった。

「ここ最近は、上半身で持っていくような癖が見られていて、今日も前につんのめるような感じになってしまっていた」と湯上。そこで、3回目以降はあえて体を止めるような意識で投げることにした。すると、すぐに結果が表れた。3回目に57m41とした湯上は、4回目には58m93を記録し、12年ぶりにデフリンピック記録を大きく更新した。結局、2位に1m以上の差をつけ、初の金メダルに輝いた。

湯上が持つデフ世界記録64m48は日本記録でもあり、今年9月には東京で開催された世界陸上にも日本のデフアスリートとしては初めて出場した。デフリンピックでは初出場だった2022年サムスン大会（トルコ）で銀メダル。前回のカシアス・ド・スル大会（ブラジル）はコロナの影響で日本選手団が大会途中で棄権し、勝負することもできずに無念の帰国。8年越しに立った“世界最高峰の舞台"で、自己ベストを更新することはできなかったが、それでも東京世界陸上での56m40を大きく上回り、「少しいい方向に向かって投げることができた」と述べた。

来年は、トヨタ自動車に所属する湯上にとって“地元"である愛知県で、日本選手権、アジア大会と大舞台が目白押しなだけに、日本を代表するアスリートとしてさらなる活躍が期待される。

世界一のスプリント力で金メダルに輝いた男子400mリレー

男子400mリレーでは、前日の予選を組2着、全体でも3位で決勝進出を決めた4人がそのまま決勝のメンバーとなった。まずは岡本隼が好スタートを切り、第2走者の冨永幸佑、第3走者の坂田翔悟もしっかりとバトンをつないだ。レースは第3走者の時点でメダル争いは日本、アメリカ、コンロビアの3カ国に絞られていたが、第3走者から第4走者へのバトンの受け渡しがうまくいかなかったコロンビアが脱落。日本とアメリカの一騎打ちとなり、観客で埋め尽くされたホームストレートを2人のアンカーが疾走した。

日本のアンカーはエース佐々木琢磨。その佐々木は、第3走者の坂田からバトンを受け取り、アメリカの選手を抜き去る瞬間に勝利を確信した。と同時に、すでに前日までに7レースを走っていた体にはエネルギーが残っていないことを感じたという。それだけ体への負担は相当なものだった。しかし、大勢の観客の応援が力を与えてくれたと言い、50ｍ付近から一気にギアを上げた佐々木は、アメリカを突き放してトップでゴール。タイムは41秒22と、前日宣言していた40秒台には届かなかったものの、日本代表チームは堂々の金メダルに輝いた。

レース後のインタビューでは、メンバー最年少19歳、デフリンピック初出場の岡本が涙するシーンも。さまざまな思いがあふれて言葉にならなかったのだろう。その涙の理由について、岡本が何も答えられずにいると、坂田はこうフォローした。

「岡本くんは今回リレーだけの出場で、昨日の予選がデフリンピック初のレースでした。だからすごく緊張していたと思います。その緊張から今、解放され、そして結果をお見せすることができて、安心したのだと思います」

数時間後、表彰式を終えて再びインタビューに臨んだ際、岡本は恥ずかしそうに涙の理由をこう答えた。「予選も決勝も選ばれるとは思っていなかったので、プレッシャーも大きくて……」。実は、昨年の世界選手権で日本代表は41秒15の世界記録を更新している。今大会は当時のメンバーから2人が入れ替わっており、そのうちの1人が岡本だった。初のデフリンピックで個人のレースを経験しないまま、いきなり責任重大なリレーのメンバーに抜擢された岡本へのプレッシャーは計り知れない。そのプレッシャーを見事にはねのけて金メダルを獲得したことは、19歳に大きな自信をもたらしたに違いない。

駒沢での有終の美を飾った男子1600mリレー

そして、17日から8日間にわたって駒沢陸上競技場で行われてきたトラックとフィールドの最終種目、1600mリレーでもドラマが生まれた。まずはデフリンピックで同種目に初めて出場した女子日本代表チームは、順位こそ6位だったものの、4分10秒54の日本記録更新と最高のパフォーマンスを発揮した。

そして男子日本代表チームもまた、快心のレースで会場に詰め掛けた観客を魅了した。まずは第1走者の足立祥史が、コロンビア、ケニアとほぼ同時にトップで第2走者へバトンを渡すと、村田悠祐はケニアにトップの座を許すも離されることなくくらいついた。そして第3走者の荒谷太智もケニアとし烈なトップ争いを繰り広げ、勝負の行方はアンカー山田真樹に託された。

すると、ケニアのアンカーがスタートして間もなく激しく転倒するアクシデントが起きた。すぐ後ろを走っていた山田は一瞬、巻き込まれそうになったが、落ち着いてかわし、そのまま走り続けた。トップを独走する山田の姿に、会場は熱気に包まれ、ボルテージは最高潮に達した。山田は声援を追い風にするかのように快走し、4人でつないできたバトンを掲げながらトップでゴールした。
勝因について「リレーは国の威厳を背負った戦い。日本中が一つになったからこその勝利だったと思う」と語った山田は、初めての自国開催の大会についてこう感想を述べた。

「デフの大会には観客は集まらないというイメージがありましたが、この10日間、デフリンピックはどこの会場にも本当にたくさんのお客さんが来てくれて、選手として本当に幸せでした。観客の皆さんとは一緒に夢を見て、時間を共有してきた。1人の人間として、ろう者として、皆さんとこのような時間を共有できたことを本当に幸せに思います」

15日に開幕した東京デフリンピックも、残すところあと2日。競技最終日となる25日、陸上競技ではマラソンが行われる。1924年にパリで開催されてから100周年の大会のフィナーレはどんなドラマが繰り広げられるのかが注目される。

（文・斎藤寿子／撮影・竹内圭、湯谷夏子、玉城萌華）

【日本代表結果】
＜男子5000m 決勝＞
佐々木昂　15分02秒57（5位）
齋藤丞　16分13秒46（10位）

＜男子走幅跳 決勝＞
須山勇希　7m00（6位）

＜男子円盤投 決勝＞
湯上剛輝 58m93（1位）デフリンピック新記録

＜女子円盤投 決勝＞
境橋 真優 記録なし

＜男子4×100mリレー決勝＞
日本 41秒22（1位）
岡本隼/冨永幸佑/坂田翔悟/佐々木琢磨

＜女子4×100mリレー決勝＞
日本　50秒16（6位）
今野桃果/生井澤彩瑛/猿樂彩香/門脇翠

＜男子4×400mリレー決勝＞
日本 ３分17秒00（1位）
足立祥史/村田悠祐/荒谷太智/山田真樹

＜女子4×400mリレー決勝＞
日本 4分10秒54（6位）
岡田海緒/生井澤彩瑛/猿樂彩香/中村美月