
悲願の大会初優勝を果たし、天皇杯を高々と掲げる埼玉ライオンズの選手たち
3月6~8日、TOYOTA ARENA TOKYOで車いすバスケットボールの「天皇杯 第51回日本車いすバスケットボール選手権大会」が開催され、全国に10あるブロックごとに行われた各予選会を勝ち抜いた16チームがクラブ日本一の座を争った。その結果、3年連続で同一カードとなった決勝で、神奈川VANGUARDSに66-47で勝利した埼玉ライオンズがチーム創設以来初の日本一に輝いた。
埼玉の優勝をもたらした戦略の遂行力と若手の成長

新加入ながら国内随一のラインナップを支え、攻守に圧倒的な存在感を見せた野本陵太
過去5回の決勝ではいずれも準優勝に終わり、前回までの2大会は神奈川に決勝で敗れていた埼玉が、ついに悲願の初優勝を果たした。その要因は、高さだけに決して頼らなかったことにある。野本陵太(4.5/健常)が加入したことにより、埼玉にはキャプテン北風大雅(4.5)、大山伸明(4.5/健常)というハイポインター3人をそろえた、国内随一の高さを持つラインナップが誕生し、他のチームにはない唯一無二の強みとなっていた。そのため、埼玉の高さを一番に警戒していたチームも多かっただろう。
しかし、それはあくまでも武器の一つに過ぎず、埼玉には各対戦相手ごとに中井健豪ヘッドコーチ(HC)が用意していた緻密な戦略があった。そしてそれを選手たちが全4試合で遂行したことが勝利につながった。
例えば、最も苦しめられたNO EXCUSEとの準決勝では、速攻からの得点シーンが後半に向けて増え、それがチームの勢いを加速させた。NO EXCUSEがハーフコートに下がってディフェンスをしてくることを読み、「相手がセットする前にアーリーオフェンスでどれだけ攻められるか、それも横の動きでクロスをかけていくというよりも、縦の動きで間を割って攻めることを選手には意識させた」と中井HC。2Qでキャプテンの北風が先頭を切ってそれを遂行すると、後半にはゴール下に強いというイメージがあった野本も3本のレイアップシュートを決め、ディフェンスをかく乱させた。
また神奈川との決勝では、最大の得点源である丸山弘毅(2.5)を警戒し、タフショットを打たせることを意識しながらも、中井HCが最大のポイントとしていたのは、塩田理史(3.0)と渡辺将斗(4.0)。2人のペイントアタックを許さなかったことで、神奈川の得点力を奪い、ロースコアに抑えたのだ。

「今年の象徴」と語られるラインナップの要として躍動した植田紘広
また、植田紘広(2.5)と久我太一(1.5)の著しい成長も大きかった。前回大会まではプレータイムも多くはなかった2人だが、今大会では彼らが入ったラインナップが4試合中3試合でスタートに抜擢。キャプテンの北風が「一番のキーマン」と述べていた植田は、初戦の1Q出だしで連続得点を挙げ、どのチームも難しいとされる初戦での勝利に大きく貢献した。一方、財満いずみ(1.0)が「一番成長した選手で、今ではこちらが頼りにさせてもらっている」と称した、チーム最年少17歳の久我は、ミスを恐れることなくチャレンジする姿を見せ続けた。「彼らが入ったラインナップが今年の象徴」と中井HCが語るように、2人がスタートを任せられる選手へと成長したことが優勝へとつながった。
さらに好シューターの熊谷悟(3.5)がシックスマンとしてベンチに控えていたことも、総合力の高さをうかがわせた。「たくさん練習してきたので自信があった」という熊谷は、決勝の2Qで8得点を挙げ、チームを勢い付けた。初となるオールスター5に選出されたことでも、彼の仕事ぶりは高く評価されるに値するものだった。
逆境を成長に変えて決勝へと駆け上がった神奈川

満身創痍の体でゴール下へ。不屈の闘志でチームを牽引した渡辺将斗
4連覇とはならなかったが、神奈川も大きく成長した姿を見せた。今シーズンは前回大会まで主力だった3人がヨーロッパのリーグに挑戦するためにチームを離れ、その穴をどう埋めるかが注目されていた。昨年8月に行われた関東ブロック予選会では、まだヨーロッパのシーズン前だったため、髙柗義伸(4.0)と古澤拓也(3.0)もいたなかで3位とギリギリでの予選突破となった。
しかし、天皇杯での神奈川はその予選会から大きく成長したチームへと様変わりしていた。特に“最大のヤマ場"としていた富山県WBCとの準々決勝で見せた連携の取れたオフェンスは感動すら覚えるほどすばらしかった。その背景には各選手の進化や成長があった。
4試合中3試合でチーム最多得点を挙げた丸山だが、今大会ではシューターにとどまることなく、ゲームコントロールの役割も担い、全4試合でアシストも2ケタを数えた。また丸山や塩田と並ぶほどの得点源となったのが、渡辺だ。ペイントアタックの力強さとタフショットの確率が各段に上がり、躍進を遂げた渡辺は、なかでも準決勝での活躍は大きかった。
ダブルヘッダーの2試合目ということもあり、試合の序盤はチーム全体として動きがかたかったなか、渡辺は疲労の色をまったく見せずに変わらず気迫のこもったプレーを見せた。1Qでビハインドを負ったなか、2Qでの逆転は8得点を挙げた渡辺の活躍なしではなかっただろう。
聞けば、渡辺は大会直前に足を骨折し、ドクターストップがかかっていたという。それでも医師に懇願し、ギブスを装着してのプレーが許可されたが、痛みがなかったわけではなかった。とにかく気持ちでプレーしていたと言い、「チームが苦しい状況にこそ、ハイポインターとして自分が流れを変える」という思いが実際のパフォーマンスにも表れていた。

勝負どころの3Qで流れを引き寄せた山下修司。驚異のシュート成功率で自身の責務を全うした
また決勝進出へとさらに力強く押し上げたのは、シックスマンとしての役割を担った山下修司(2.0)だ。本数こそ少ないものの、山下は初戦、準々決勝でいずれもFG成功率100%と驚異の数字を誇った。そして準決勝では1Qと同様に入りが重要と言われる3Qの出だしで連続得点を挙げ、チームを勢い付けた。
渡辺も山下も、前回大会まではほとんどの時間をベンチで過ごしてきた。チームの優勝を喜びながらも、悔しさをにじませてきた2人が今大会、そろって天皇杯という大舞台で花開かせたことには、関係者やファンにとっても感慨深かっただろう。
今大会の神奈川が見せた強さの裏側には、各選手のプライドがあったに違いない。インタビューではどの選手からも「3人が抜けたから弱くなったとは言わせない。自分たちでもやれるというところを見せる」というような言葉が多く聞こえてきた。
主力が抜けたからこそ、逆に選手の意識が高まり、チーム力が上がるということは、競技スポーツにはよくあることだが、一人でも主力が抜けるというのはチームにとっては大ごとで、それが一気に3人も抜けたのだ。その穴の大きさを考えれば、不安がなかったわけではなかっただろう。それでもチーム全員が貪欲に努力を重ね、それぞれのプレーの幅を広げることで戦力をアップ。その力が結集したことで、大きな力が生まれたのだ。
「厳しい戦いが続くなかで、どんどんチームに一体感が生まれ、ファイナルまで上がることができた。最後は悔しい結果でしたが、本当に素晴らしいチームだと思いましたし、楽しい大会でした。(海外組の3人には)やり切ったよ、と報告したいと思います」とキャプテンの前田柊(1.5)は語り、こう続けた。
「ただ、もちろんこの結果に満足していません。また強い神奈川を一から作って、この舞台に戻ってきます」
NO EXCUSEの強さを引き上げた新加入・原田翔平の存在

驚異のアシスト数でチームのハイスコアを演出し、一段上のオフェンスへ引き上げた原田翔平
NO EXCUSEは2年連続で3位という結果に終わったが、それでも優勝した埼玉を一番苦しめた実力は本物だ。特にオフェンス力がアップしたことを印象付けた今大会、キャプテンの香西宏昭(3.5)と朏秀雄(4.0)が競うようにして大量得点を挙げ、埼玉との準決勝では70点台というハイスコアでの熱戦を繰り広げた。
その要因の一つとなったのが、新加入した原田翔平(1.0)の存在だっただろう。もともとアウトサイドのシュートを高確率に決めるプレーヤーとして知られており、今大会でも得点源の一つとなった。さらに原田がシュートを決めることにより、相手ディフェンスの意識が分散され、NO EXCUSEにシュートチャンスが生まれたことも大きかった。しかし、今大会の原田はそれだけではなく、ポイントガードとしての役割も任されていた。狙いは原田がボールを持つことによって、香西がフリーで攻められるようにすることだったという。「ポイントガードとしてゲームをコントロールすることと、シューターと2つの役割を両立させるのは難しかった」という原田だが、決勝では57.1%の確率でシュートを決めた一方で、アシストもチーム最多の12を数え、香西、朏、橘貴啓(4.0)の2ケタ得点に寄与した。
長年在籍した埼玉のチームを離れることは「考えたこともなかった」というほど、原田にとって大切な場所だったと言い、移籍を決意することは決して簡単なことではなかった。ただ若手の台頭もあり、年々プレータイムが短くなっていくなか「もっと緊張感のある場面でプレーしたい」という思いが募り、一念発起。数あるチームのなかでも「ここで自分のパフォーマンスが発揮できれば、面白いバスケットができそう」と感じたNO EXCUSEに加入した。
その1年目にして主力の座をつかんだ原田は、全試合でスターティング5に抜擢。古巣との対戦となった準決勝では40分フル出場し、14得点をマークした。チーム目標だった優勝には届かなかったが、存在感を示すには十分な活躍だった。さらに大会を通してコート上で多くの時間をプレーしたからこそのうれしい気づきもあった。「3ポイントシュートを決めて常に2ケタ得点を取る、ということが次への課題として感じたりと、自分が思っていた以上にまだまだ成長する余地はあるなと思いました」と原田。その明るい表情には、自分自身への期待感に満ち溢れていた。1年後、古巣では叶えられなかった初優勝を、新天地に選んだNO EXCUSEで果たすつもりだ。
(文・斎藤寿子/撮影・中島功仁郎)
<最終順位>
1位:埼玉ライオンズ
2位:神奈川VANGUARDS
3位:NO EXCUSE
4位:千葉ホークス
5位:函館元町 / 富山県WBC / 宮城MAX / ワールドBC
9位:神戸 / 長崎 / 岡山 / 新潟WBC / SEASIRS / 伊丹 / HAS / shikoku88
<オールスター5>
MVP:北風大雅(埼玉ライオンズ / 4.5)
クラス1:宮本涼平(神奈川VANGUARDS / 1.0)
クラス2:丸山弘毅(神奈川VANGUARDS / 2.5)
クラス3:熊谷悟(埼玉ライオンズ / 3.5)
クラス4:朏秀雄(NO EXCUSE / 4.0)
<サントリーやってみなはれスピリッツ賞>
植木隆人(千葉ホークス / 2.0)
<三菱電機Changes for the Better賞>
八木橋琉空(ハダーズ函館元町ライオンズ車いすバスケットボールクラブ / 1.0)
【車いすバスケットボール】
一般のバスケットボールとほぼ同じルールで行われる。ただし「ダブルドリブル」はなく、2プッシュ(車いすを漕ぐこと)につき1回ドリブルをすればOK。
選手には障がいの程度に応じて持ち点があり、障がいが重い方から1.0~4.5までの8クラスに分けられている。コート上の5人の持ち点の合計は14点以内に編成しなければならない。主に1.0、1.5、2.0の選手を「ローポインター」、2.5、3.0、3.5を「ミドルポインター」、4.0、4.5を「ハイポインター」と呼ぶ。
コートの広さやゴールの高さ、3Pやフリースローの距離は一般のバスケと同じ。障がいが軽いハイポインターでも車いすのシートから臀部を離すことは許されず、座ったままの状態で一般のバスケと同じ高さ・距離でシュートを決めるのは至難の業だ。また、車いすを漕ぎながら、ドリブルをすることも容易ではなく、選手たちは日々のトレーニングによって高度な技術を習得している。
ジャンプはないが、ハイポインターが車いすの片輪を上げて高さを出す「ティルティング」という技がある。ゴール下の激しい攻防戦の中、ティルティングでシュートをねじ込むシーンは車いすバスケならではの見どころの一つだ。