
女子ダブルス表彰式で、金メダルの菰方・鈴木組(中央)と銀メダルの宮川・杉本組(左)が満面の笑みを見せた
11月15日に開幕した聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」。大会10日目は有明コロシアム(江東区)でテニスのダブルスが行われた。日本人ペア対決になった女子ダブルスでは菰方里菜・鈴木梨子組が宮川百合亜・杉本千明組をストレートで下して優勝(セットカウント2-0)。輝く金メダルを手にした。
入りでつかんだ流れを渡さなかった
菰方・鈴木組の圧勝と言っていいだろう。セットカウントは2対0。ゲームスコアも1セット目が6-1で、2セット目は6-2だった。菰方、鈴木はともに全てのサービスをキープした。
最初のポイントを取ったことが試合の流れを作った。競技問わず難しいとされる試合の入り、菰方がファーストサービスできっちりコースを狙うと、その返球を鈴木がボレーで仕留めた。菰方は「立ち上がりが良かった」と振り返ったが、それは第1ゲームをラブゲーム(4-0)でものにすることにもつながった。
ミスも少なかった。デュースでアドバンテージを取られたときも慌てることなく、ポイントを譲らなかった。結果だけを見れば圧勝だが、“ちょっとしたこと"で流れが変わるなか、それがなかったから、流れを渡さなかったのだろう。
菰方はデフ女子テニスのエースだ。今年の全豪オープンではデフテニス部門で連覇を達成。得意とするサーブに加え、相手が返しにくいところに叩き込むストローク、さらには絶妙なタイミングで飛び出すボレーでたびたびポイントを稼いだ。
小柄なサウスポーが精度の高い技術を見せるたび、観客からどよめきと拍手が起きた。

力強いストロークを武器に主導権を握った菰方里菜。正確なコース取りで相手を圧倒した
菰方とペアを組んだ鈴木も洗練されたプレーを披露した。鈴木は小学2年からテニスを始め、中学2年で全国大会初出場。以降は全国大会の常連となり、高校2年時にデフテニス界から白羽の矢が立ち、日本代表に選ばれた。
テニスのダブルスでは意思の疎通が大事だ。だがデフのテニス選手は、声掛けのコミュニケーションができない。しかし、2023年の世界選手権を制したペアは息がピッタリだった。
その裏にはこれまで積み重ねてきたものがあった。鈴木が「あうんの呼吸でプレーができるよう、コート以外のコミュニケーションを大事にしてきた」と明かせば、菰方は「デフの世界にとどまることなく、耳が聞こえる人の大会にも出場するなど、いろいろな経験をペアでしているからでは」と話した。

ネット際で正確なボレーを決める鈴木梨子。鋭い反応と冷静な判断でポイントを奪った
決勝は日本人選手同士の対戦になった。2人はこの激突をどう考えていたのだろう?「大会前からそうなる予感もあったので、代表合宿では(宮川と杉本を)対戦するかもしれない相手という目でも見てました。実際に対戦が実現したら“絶対に勝つぞ"という強い思いもありました」(菰方)。「私たちは準決勝で強敵とぶつかって(フルセットで)勝てたので、それで得た自信がかなり大きかったです。同じように戦えば大丈夫かと」(鈴木)。
金メダルの重みと自分たちの使命
これまで世界大会で数々の実績を残してきた菰方と鈴木だが、今回の金メダルは格別なものがあるという。2人が口を揃えて言ったのが、その重みだった。
菰方が「初出場となるデフリンピックに対する思いが強かった分、表彰台で金メダルをかけてもらった時は重みが違った」が言うと、鈴木は「大会前は自分のなかで他の世界大会と同じような位置付けだったんですが、自国開催での盛り上がりや、出場している選手のレベルの高さを知ったので、いままで感じたことがない重みがある」と続けた。

勝利を決め、ハイタッチを交わす菰方里菜(右)と鈴木梨子(左)。最後まで息の合ったプレーを見せた
一方、金メダルには届かなかったものの、銀メダルを首から下げた宮川・杉本組も表情は晴れやかだった。決勝を振り返ってもらうと宮川はこう語った。
「いつも合宿で一緒に練習していて、手の内も知られているかもしれませんが、私たちのペアワークはよかったと思います。向こうがペアを組んで約6年なのに対し、こちらは3年くらいです。そのなかでできることは出せた気がします。それはデフテニスでは久し振りのメダルを取ったこと以上に嬉しかったことです」
杉本はペアを組んだ当初、年上の宮川に対して遠慮があったという。しかし、いい意味での遠慮がなくなってから、コートでの意志疎通のレベルも高まったようだ。
宮川のプレーはパワフルだった。アグレッシブにも映った。それは今回のデフリンピックでも混合ダブルスを組んでいる兄・宮川楓雅と一緒に練習していること、つまり男子相手に練習していることとは関係がないという。
「たぶん、私が末っ子だからでは。小さい頃から上の2人に負けたくない、というのがあったので、それがパワーの源になっているんだと思います」

最後まで攻めの姿勢を貫いた宮川百合亜。力強いプレーで会場を沸かせた
金メダルを獲得した菰方と鈴木は2人とも、ここがゴールだとは考えていなかったようだ。難聴であってもテニスができること、そしてデフリンピックという大きな舞台があることを知ってもらうことも、今回のデフリンピックでの自分たちの役割だと心得ていた。
菰方はきっぱりと伝えてくれた。
「障害があると孤独を感じることもあると思います。私にもそういうことがありました。でもテニスに限らずスポーツをすれば、勇気や元気が得られます。私たちのプレーがそのきっかけになれば、と思っています」
デフテニスを知ってもらう活動はまだこれからだ。
(文・上原伸一/写真・鈴木奈緒)