東京2025デフリンピック

卓球女子シングルスは“ダブル山田"がベスト８

11月15日に幕を開けた、聴覚障がい者による国際大会「東京2025デフリンピック」。大会７日目は東京体育館で卓球のシングルス決勝トーナメントが行われた。女子ではダブルスで銅メダルを獲得した山田萌心と山田瑞恵の２人が健闘。惜しくもメダルには届かなかったが、ベスト８に進出。平日にも関わらず、会場の東京体育館を訪れた多くの来場者を沸かせた。

背中を押してくれたスタンドの大声援

女子は“ダブル山田"をはじめ、デフリンピック出場が今回で5回目となる亀澤理穂と初出場の木村亜美の2人も予選を通過。全選手が決勝トーナメントに進出した。だが世界のカベは厚く、メダルが期待されていた亀澤はまさかの２回戦敗退。木村も2回戦で姿を消した。

こうしたなか2つの白星を重ね、準々決勝に駒を進めたのが、ペアで女子ダブルス銅メダリストになった山田萌心と山田瑞恵だった。メダルまであと1勝。決勝トーナメントに出た男子は3人とも（川口功人、亀澤史憲、灘光晋太郎）3回戦までに敗退しており、デフ卓球シングルスのメダルはこの2人にかかった。

山田萌心は現役の高校生だ。9月の全国ろうあ者体育大会、と11月の全国ろうあ者選手権で優勝し、2度目の日本代表となった。前回のブラジル大会では女子ダブルスは1回戦敗退だったものの、ミックスダブルスではベスト8に。10代の伸び盛りのプレーヤーは国際大会の経験も有す。

敗れた準々決勝の相手は「卓球王国」の中国の選手だった。第1セットを11対4で取り、勢いに乗るかと思われたが、2セット目から3連続でセットを奪われ、あとがなくなった。4セット目も苦しい展開に。あと1点失うと敗退となる窮地にも追い込まれた。しかし何度か訪れたピンチを耐え、このセットを15対13でものにした。

「ここで競り負けたら試合が終わるので（セットの決着がつく）最後まで我慢しました」と振り返った山田萌心。背中を押してくれたのはスタンドの応援だった。もちろん声援は聞こえない。それでも「（大事な場面で）サーブを打つ前にスタンドを見ると心が落ち着きました」。

結局、セットカウント2対5で敗れ、シングルスではメダルを手にすることはできなかった。山田萌心は無念さをにじませつつも、応援への感謝を口にした。

「平日にも関わらず観客席を埋めてくれたたくさんの人たちからパワーをもらいました」

3度目のデフリンピック出場となる山田瑞恵も、準々決勝でウクライナの選手に食らいついた。試合は山田瑞恵が１セット目を奪うも2セットを連取されてしまう。だが4セット目はラリーの応酬をよく制し、セットカウントを2対2のタイに持ち込む。会場のボルテージも一気に上昇したが、5セット目は失った。それでも、追い込まれたなかで迎えた第6セットも9対11と食らいつき、最後の最後まで粘りを見せた。

「メダルを取りたかった。負けて悔しい」。初の自国開催ゆえ、その想いはより強かった
ようだ。山田瑞恵はこう続けた。

「たくさんの方々の応援から勇気をもらったからこそ勝ちたかったです。勝つことが一番の恩返しになるので…」

ダブルスに続くメダル獲得は成らなかった山田萌心と山田瑞恵。しかし、悔しさと感謝の気持ちは大きな糧になるに違いない。

注目を一身に集めた亀澤理穂

今回のデフリンピック、男女合わせて8人の卓球の代表選手のなかで、一番注目されているのがベテランの亀澤理穂だ。デフリンピックに初出場したのは2009年の台北大会。これまで出場した4大会で、計8個（銀メダル3個、銅メダル5個）のメダルを獲得した実績がある。

会場では亀澤が登場するたびに各社のムービー部隊がその姿を追いかけた。試合テーブルの周りは大勢のテレビクルーやカメラマン、そしてペン記者で囲まれた。

2回戦敗退が決まると、注目と期待が大きかった分、会場には想定外のムードが漂った。だが、一番悔しいはずの亀澤は、試合後の取材も気丈に応じた。自分が果たすべき役割をよく心得ているのだろう。そして、黒山の人だかりを作った報道関係者を前にこう言った。

「対応が難しい回転の球を打つ外国人選手が目立つなど、デフ卓球の世界的なレベルが上がっている。こうしたなかで自分の力は出せたのでは」

ただその目には涙が浮かんでいた。

日本開催となった今回のデフリンピックでは、陸上競技の山田真樹とともに、大会全体のPRにも尽力した。根底にはパラアスリートに比べると認知度が低いデフアスリートの存在を知ってほしい、という気持ちがあったに違いない。その甲斐あって、この日の会場も歓声が絶えなかった。

「（これまで4度出場した）海外のデフリンピックは観客が少なかったのですが、これだけのお客さんが来てくれて…PR活動を頑張ってよかったです」

3選手とも準々決勝を前に姿を消した男子で、一矢報いたのが川口功人だった。2回戦の相手は男子ダブルスでもミックスダブルスでも苦杯を喫した中国選手。川口には期するものがあった。

「この試合が自分にとっての勝負所になると思っていました」。

試合後の言葉通り、川口の最大の武器であるフォワハンドがさく裂した。第1セットこそ失うも、怒涛の4セット連取で、見事、ダブルスのリベンジを果たした。

強気に攻めつつも冷静さは失わない。よく集中しているのも伝わってきた。「1本の重みを大事にしながらプレーしました」。

見ていた者の心を揺さぶったこの試合は観客の記憶に残ったに違いない。

シングルスでは男女ともにメダルを獲得できなかったが、まだ団体戦が残っている。自国開催である大会を一番きれいなメダルで締め括る。

（文・上原伸一／撮影・竹内圭）

【日本代表結果】
＜男子シングルス＞
川口 功人 3回戦敗退
亀澤 史憲　2回戦敗退
灘光 晋太郎　3回戦敗退

＜女子シングルス＞
亀澤 理穂　2回戦敗退
木村 亜美　2回戦敗退
山田 瑞恵　ベスト8
山田 萌心　ベスト８