9月26日〜28日の3日間にわたって赤羽体育館では、第17回全日本パラ卓球選手権大会(肢体の部)が開催され、最終日の28日にはシングルスの決勝トーナメントが行われた。なかでも圧倒的な強さを示したのが、約1年前のパリパラリンピックに出場した選手たちだ。岩渕幸洋(立位男子クラス9)、舟山真弘(立位男子クラス10)、友野有理(立位女子クラス8)は前日の予選リーグを含めて全試合をストレート勝ちで優勝。八木克勝(立位男子クラス7)も決勝トーナメントでは1ゲームを奪われる場面もあったものの、巧者ぶりを発揮してトップの座を明け渡さなかった。また、七野一輝と齊藤元希というパリ代表同士の戦いとなった車いす男子クラス4では3−0のストレートで制した七野が日本一に輝いた。
相手をコントロールする巧妙な技を見せた八木克勝
東京、パリと2大会連続でパラリンピックに出場した経験を持つ八木は、勝敗以上に注力してきたことがある。「本来レガシーを残したいと思っていた東京パラリンピックは残念ながら無観客でした。オリンピックもパラリンピックもアスリートは同じ気持ちだったと思います。そこで次はどこを目指して、どう動いていこうかと考えた時に、地元の愛知県で開催される2026年のアジア大会だなと。そこに向けて自分が何をやれるかと考えながら講習会を開いたりということにウエイトを置いてきました」と八木。現在、3年後のロサンゼルスパラリンピックへの明確な答えは持っていないと言い、まずは1年後に迫ったアジアパラ競技大会での成功が最大の目標だ。
そのためにも日本の後輩たちのレベルアップは必要だという思いがあるのだろう。愛情ある視線を注ぎながら「日本のパラ卓球界はまだまだ。凡ミスを減らさない限りは、世界では勝てない」と語った。そして、こう続けた。「僕はもう代表11年目。自分を辞めさせてくれるような強い選手が現れてほしい」。もちろん後輩たちを高いレベルに引き上げるためにも、簡単にトップの座を明け渡すつもりはない。
世界の大舞台を経験してきたからこそ培ってきた技は健在。今大会、巧妙さが光ったのは準々決勝だ。第1ゲームを先取した後の第2ゲーム、八木は打球がエンドラインを越えてアウトボールとなるシーンが多く、6−11で落とした。ところが、第3ゲームは再び八木のペースで進み、11−3と圧倒。実はこの時、八木は巧みに相手をコントロールしていたのだ。
「相手がカットしたボールが思っていたよりも回転がかかっていなかったんです。それで僕がボールをふかせてしまっていました。そこで、僕の方があえてより回転をかけるようにしました。相手はなす術がなく、回転をかけざるを得ないという展開に持っていったんです」
第4ゲームも11−6で危なげなく奪った八木は、ゲームカウント3−1で勝利。準決勝、決勝も勝ち上がり、貫禄の優勝に輝いた。
友野有理、パラ2大会出場も忘れない挑戦者の気持ち
パラ卓球肢体の部では女子で唯一パリパラリンピックに出場した友野は、予選リーグを含めた全5試合をストレート勝ち。他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇った。しかし、さらなる高みを目指している友野自身が開口一番に語ったのが課題だった。
「気持ちの調整という部分でうまくいきませんでした。本来試合では相手と戦いますが、私の場合はまずは自分自身のメンタルをしっかりとコントロールすること。その上で安定した技術を求めています」
特にメンタル面での課題を感じたのが、決勝トーナメント初戦、準決勝だった。相手は自身と同じ左利きの選手。大会直後に臨むブラジルオープンの初戦で“左のバック粒"という同じ戦型の選手と対戦することが決まっていた友野は、その試合に向けた大事な一戦と考えていた。しかし、大会最終日で緊張していたという友野は、思惑通りのプレーができなかったという。
「(ブラジルオープン戦で対戦する)その選手を想定した試合と考えていたのに、勝つことだけを考えてしまった試合にしてしまいました。そういうところが課題だなと。どんな時にも平常心で臨めるようにしたいと思っています」
東京、パリと2大会連続で大舞台に出場した友野だが、いずれも準々決勝敗退。重厚な“ベスト8の壁"を破るためには、さらなるスキルアップの必要性を感じた。「世界にはロビングを上げてくるのが上手い選手がたくさんいる中で、どんな選手にも対応できるように技術の幅を広げていかないと格上の選手には勝てないなと思いました」と友野。これまで武器としてきたサーブ、ラリー、ブロックだけではなく、パリパラリンピック以降はドライブなど攻撃力にも磨きをかけている。
現在はロサンゼルスパラリンピックを目指すというよりも、目の前の試合を積み重ねながら、一つ一つ階段を上がっていくことに注力している。今大会の決勝で対戦した現役高校生で次世代育成選手の藏下朝子が著しい成長を見せる中、奢りの気持ちは微塵もない。まだまだ“挑戦者"の気持ちで駆け上がっていくつもりだ。

サーブで圧倒、20歳にして王者の貫禄を示す四海吏登
20歳・四海吏登が全試合ストレート勝ちで大会3連覇!
一方、勢いを増す若手の一人が、20歳の四海吏登(男子車いすクラス1)だ。今大会、予選リーグを含めて1ゲームも落とすことなく完全優勝して3連覇を果たした。最大の武器は、サーブ。ふだんの練習仲間の一人でお互いを知り尽くしている畠岡裕幸との決勝でも、長短のついたサーブでエースを取るなど相手を翻弄。さらにマッチポイントの場面では、レシーブエースで優勝を決めるなど守備力も見せた。
もともと身体能力は抜群だ。8歳で始めたウェイクボードでは最年少タイの12歳でプロとなり、世界トップレベルで活躍。16歳の時に練習中の事故で頸椎を損傷し、絶望の淵にいた四海が出合ったのが、パラ卓球だった。リハビリの一環として始めた当初、四海は「簡単にできるだろう」と考えていた。ところが、その考えはすぐに消えた。
「簡単そうに見えて、全然違ったんです。『え!(ボールが)こんな回転してるの?』と。車いすで動ける範囲が限られている中でも、実際にやってみると高度なラリーが行われていたり、見ているだけではわからないような難しい駆け引きがあったり。驚くことばかりでした」
やればやるほどその奥深さに魅かれ、今、四海はウェイクボードの時と同じようにパラ卓球に夢中だ。目標は、パラリンピックで世界の頂点に立つこと。それも一度ではなく、何度もだ。
「まずはロサンゼルスパラリンピックで金メダルを取ることが今の目標です。でも、そこで終わりじゃなくて、その先のブリスベン、さらにその次のパラリンピックと、連覇していきたいです」
競技歴は4年。昨年からは国際大会にも出場し、これまで3度、表彰台に上がった。しかし、「優勝以外は同じ」と四海。12歳からプロアスリートとして活動してきた彼が目指すのは、あくまでも頂点だ。
(文・斎藤寿子/写真・村上智彦、玉城萌華)
【優勝者一覧】
◎男子シングルス
クラス1:四海吏登(アンビションDX)
クラス2:宇野正則(CTS)
クラス3:北川雄一朗(Legame)
クラス4:七野一輝(オカムラ)
クラス5:中村亮太(日本オラクル)
クラス6:板井淳記(フォースリーブス)
クラス7:八木克勝(愛知ファイヤーズ)
クラス8:阿部隼万(キンライサー)
クラス9:岩渕幸洋(ベリサーブ)
クラス10:舟山真弘(早稲田大)
◎女子シングルス
クラス2:磯崎直美(ラポール卓友会)
クラス3:池山優花(シンプレクスHD)
クラス4:宮﨑恵菜(Mihotaku)
クラス5:別所キミヱ(ALLSTAR)
クラス7:鈴木眞理(愛知ファイヤーズ)
クラス8:友野有理(タマディック)
クラス9:金田舞瑠(ten square)
クラス10:工藤恭子(熊本県身体障害者卓球協会)
◎男子ダブルス
クラスMD4(※クラス合計4以下):松尾充浩(ベリサーブ)・宇野 正則(CTS)
クラスMD8:中村亮太(日本オラクル)・北川雄一朗(相生市役所)
クラスMD14:片見公亮(RENOSY)・八木克勝(愛知ファイヤーズ)
クラスMD18:岩渕幸洋(ベリサーブ)・阿部隼万(キンライサー)
◎女子ダブルス
クラスWD10:田之倉祥子(アイ工務店) / 来田綾(大阪パラ卓球連絡会)
クラスWD20:友野有理(タマディック) / 山﨑玉乃(SST富士山)
◎混合ダブルス
クラスXD4:新井孝太郎(IMPACT) / 齋藤いずみ(東京身障卓連)
クラスXD7:玉津徹也(若草クラブ) / 原田亜香里(東京身障卓連)
クラスXD10:中本亨(Mihotaku) / 宮﨑恵菜(Mihotaku)
クラスXD17:岩渕幸洋(株式会社ベリサーブ)/友野 有理(タマディック)
【パラ卓球】
男女別に障がいの種類や程度によって1〜11までのクラス分かれており、クラス1〜5は車椅子、6〜10は立位、11は知的障害と分けられている。試合は1ゲーム11点先取で、3ゲームを先に取った方が勝ちとなる。
卓球台のサイズやネットの高さ、ボールやラケットなどの用具は、一般の卓球と同じ。ルールもほとんど変わらない。ただし、車いす選手のサービスは、相手コートで一度バウンドし、エンドラインを越えない場合は「レット(ノーカウント)」となり、やり直しとなる。また、車いすのダブルスでは、センターラインを超えて移動することはできないため、レシーバーがサービスをリターンした後は、どちらの選手が打ってもOK。
障がいの種類や程度によって、プレースタイルはさまざま。たとえば車いすの選手は、左右に素早く動くことが難しいため、卓球台の近くでプレーすることが多い。そのため、近距離でのスピーディなラリーが展開される。また、世界には足でトスを上げ、ラケットを口でくわえて打つ、両腕欠損の選手もいる。