第23回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会

新星・田中秩加香が日本女子初の80kgを挙げ優勝 ～第23回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会～

1月29日、「第23回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会」が築地本願寺・第二伝道会館（東京都中央区）で開催された。
パラ・パワーリフター日本一を決める今大会には、台湾とラオスから4名（男子1名、女子3名）の招聘選手も出場した。また、IPC（国際パラリンピック委員会）公認大会であり、今年8月にドバイで行われる世界選手権への派遣選考の対象大会でもあることから、パラリンピックを目指す選手たちにとって重要な大会となった。

3年ぶりに有観客で行われた今回の全日本選手権のコンセプトは、「宗教、人種、障がい、3つの壁を超える異空間での大会」。パラ・パワーリフティング界では世界初の試みとなる「お寺」での開催となり、阿弥陀如来のご本尊の横で試技が行われるという、斬新かつ異様な雰囲気が漂った。

競技が始まると、パワーリフターたちの迫力ある挙上に観客が引き込まれた。
大きな声で応援することがいまだ制限されるスポーツ界ではあるが、今回、日本パラ・パワーリフティング連盟は「応援の声で力を発揮できるのが、この競技の醍醐味のひとつ」として、マスクをした上で声を出しての応援も可能とした。客席からは「集中！」、「よーし、OK」、「自信を持って」…といった声援が送られ、その声に応えるかのように、男女合わせて4つの階級で日本新記録が誕生した。

ひときわ大きな声援に沸いたのが、男子49kg級で優勝した西崎哲男（株式会社乃村工藝社）だ。
一礼をして涼しげな表情で入場した西崎は、第1試技で127kgをきれいに挙げると、第2試技では「哲ちゃんカッコいい！」との掛け声に思わずベンチ台の上で照れ笑いする場面も。それでフッとリラックスしたように見受けられ132kgをスーッと挙げた。そして第3試技では、昨年の全日本選手権で自身がマークした日本新記録を1kg上回る140kgに挑むも、肘を伸ばすことができず自己ベスト更新とはならなかった。それでも会場からは温かい拍手が送られた。

西崎は、昨年12月にドバイで開催されたワールドカップ（Fazza12th Dubai 2022 Para Powerlifting World Cup）を終え、「周りの選手は記録が伸びているのに、自分はこのままでいいのか…。何かを変えなければ」と考えたといい、バーのグリップの幅を広げる等フォームの変更に取り組んだ。それがうまくまとまらず、自己記録への挑戦は無理だと感じながら臨んだ大会だったが、「会場の声に後押しされ日本記録に挑戦したいという気持ちに変わった」と話す。大きな声援を送り続けた応援団を、「僕の唯一の自慢」だと誇らしげに語った。

男子59kg級では、東京パラリンピック日本代表の光瀬智洋（株式会社エグゼクティブプロテクション）が、自身の持つ日本記録を1kg更新する154kgで優勝した。
「過去の自分を超える」と、今大会に臨んだ光瀬。第2試技で挑んだ154kgは、昨年末に出場した2回の大会で失敗した重量だった。日本チャンピオン、そしてパラリンピアンということに満足し、「チャンピオンとしての戦い方をしなければ」というプレッシャーから、純粋に競技を楽しめず伸び悩んでいたという。昨年12月のワールドカップ（ドバイ）から帰国後、トレーニング時に「やっぱりこの競技が好きだ」という感情を思い出し、実のある練習が積めた。第3試技で挑んだ156kgは惜しくも認められなかったが、「応援が力となり、ずっと停滞していたものを払拭できた」と光瀬。「今年8月の世界選手権では8位以内の入賞を果たし、パリパラリンピックでは日本人初のメダル獲得を目指す」と今後の意気込みを語った。

女子のクラスでは、期待の新星が光を放った。
女子73kg級の田中秩加香は、全日本選手権初出場にして、第1試技からいきなり同階級の日本新記録となる75kgを挙上し鮮烈なデビューを飾った。さらに第2試技では日本の女子として初めて80kgを挙げ、バーを下ろすとベンチ台の上で自分に小さな拍手を送った。
先天性の下肢障がいに加え視覚にも障がいがある田中は、コロナ禍の中で運動不足とストレスを解消したいと思っていた時にひとりのトレーナーと出会い、そのトレーナーの勧めで昨年3月に競技を始めた。
以前は車いす陸上に12年取り組んでいたというが、視力の低下により続けるのは難しいと感じた。

しかし、いざ始めようにも、ベンチプレスの存在こそ知ってはいるが、みんながどのように試技を行うのか全く知らなかったという。肩を寄せたり、胸を反らしたり…バーを挙げるための技術を一つひとつ教えてもらいながら練習に励んだ。視覚障害により左右のバランスが取れず、またバーを止められたかどうか感覚的に捉えづらいなど数々の壁はあるが、80kgの次は90kgの挙上を目指す。「見る人に面白いと感じてもらえる技術を身に着けたい」、そう成長を誓った。

そして、ケガに苦しんだ選手たちも復活の兆しを見せた。
女子55kg級の山本恵理（日本財団パラスポーツサポートセンター）は、長くこの階級をひとりで支えてきた。ここ数年は病気とケガに苦しんでいた。全日本選手権に向け練習を再開して1カ月、復帰戦となった今大会は、昨年12月に同クラスの中村光（日本BS放送株式会社）が山本の日本記録を塗り替えたことにより、初めて“チャレンジャー"として臨んだ。

「追う立場になったんだと思うと、ワクワクしてきた。ケガという不安材料がなくなったということよりも、今は、日本記録保持者でなくなったことが一番のモチベーション。前を走ってくれる人がいるからこそ自分が後を追える。ライバルがいるって素晴らしいなと感謝しています」持ち前のポジティブさ全開、笑顔で心境を語った。

また、東京パラリンピック日本代表の坂元智香（79kg級）が9カ月ぶりの実戦復帰を果たした。
昨年4月の大会で左肩を痛めた。「本当に苦しかった。人の試技を見て、みんなが試合に行って海外で活躍している姿がうらやましかった。こんなにつらいんだと思いながらこの９カ月を過ごしてきた」

この日の記録は60kg、64kg、68kg。自身の持つ日本記録79kgには遠く及ばないが、「ここまでやれるようになったといううれしさと、3試技とも、自分が思い描いていたイメージで挙げることができて安堵した」と、感情が涙となってあふれた。

「ケガが再発するのではという不安もある。けれども、一歩ずつでも、半歩ずつでもいい、そこに打ち勝ちながら少しずつ前に進んで、1％でも可能性があるならその先の未来に進んでいけるようがんばっていきます」優勝インタビューで堂々と語った坂元に、会場からは大きな、大きな拍手が送られた。

選手たちのたゆまぬ努力に加え、“応援の力"が数々の記録と喜びを生んだ、今年の全日本選手権。
ステージでの渾身のパフォーマンスだけではなく、光と音楽を使った演出やクラウドファンディングなど、大会運営での様々な挑戦は、競技の普及と発展に向けた大きな可能性を示した。

（文・ 張 理恵）


【第23回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会　優勝者】

＜女子＞
45kg級　成毛美和（62kg）
50kg級　堂森佳南子（57kg）
55kg級　中村光（64kg）
67kg級　龍川崇子（75kg）★
73kg級　田中秩加香（80kg）★
79kg級　坂元智香（68kg）

＜男子＞
49kg級　西崎哲男（132kg）
54kg級　市川満典（150kg）
59kg級　光瀬智洋（154kg）★
65kg級　大宅心季（105kg）
72kg級 樋口健太郎（170kg）
80kg級　大堂秀樹（166kg）
88kg級　田中翔悟（170kg）
97kg級　佐藤芳隆（168kg）★
107kg級　佐藤和人（180kg）

（　）内の数字は記録、★は日本新記録